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うさとコーディネーター交流会とうさとジャパン

先日、京都のうさとジャパンで開催された

全国のうさとコーディネーターが集まる交流会に参加してきました。

 

実は、この日は、和歌山のゆの里で、

カタカムナの勉強会がありまして、

午前中は勉強会に参加して、それを途中で退席し、

電車で京都に向かい、交流会終了45分前に到着するという、

何とも忙しい一日だったのですが、

 

久しぶりの、京都うさとジャパンで、

そしてコーディネーターさんの集まりもお久しぶりで、

 

集まったコーディネーターさんが、それぞれのうさと服を纏って、

とても美しく華やかで、活気あふれた交流会で、参加できてよかったです。

 

個人的には、

うさとジャパンのスタッフであり、

実質中心となっている方と個人的にお話ができ、

それが心に響いて、心を震わせました。

 

うさとジャパンの実情、と言ったらいいのかな、

経営方法?でいいのかな、そんな話を聴きました。

 

うさとジャパンは通常では考えられない経営をしているらしく、

経営のプロの方には、

「ありえない」と言われるか、

「最先端なやり方ですね」と言われるか、

どちらかだそうです。

それだけ既存のやり方とはかけ離れているんですね。

 

展示会をやらせてもらっている私たちコーディネーターは、

展示会の宣伝や告知をするにあたり、

うさとジャパンから、こうしてほしい、と言われたことはありません。

 

一般的な企業は、会社のイメージがあるので、

会社から、パンフレットや写真、キャッチコピーやフレーズなど、

これを使ってください、というのが有るらしいのですが、

うさとジャパンはまるで逆で、

うさとホームページの写真などは使わないでください、と言われます。

 

イメージが統一されるのは良くないと思っているみたいなのです。

コーディネーターの個性が消えてしまうから。

 

それって何気にすごいことですよね。

うさとジャパンで握りしめているものは何もなく、

多様性を受け入れて、サレンダーしているのですよ。

 

変な話、

お金儲けをしようと思ったら、こんなことはできないそうです。

 

“うさと服 × 〇〇〇(コーディネーター)”

まさにフトマニで、〇〇〇に誰が入るかで味が変わるのです!

(同じ材料、肉、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎでも、

出来上がる料理が、カレーや、シチューや、肉じゃがの様に!)

扱う人によって味(展示会の様子)が変わるって、他ではあまりないですよね。

 

コーディネーターは、うさとジャパンに依存することなく、自立が求められ、

これまでのような、ピラミッド式のやり方ではなく、

同等の立ち位置で、それぞれの表現方法で展開しているのですが、

一見バラバラで、まとまりがないようだけれども、

売上げがいい人、少ない人、が手を繋いで大きな輪となり、

でこぼこしながらも、広い視点で見たら補い合っているみたいで、

ふたを開けてみるといつも、全体としては、なんとかやっていける数字になるのだそうです。

それって、宇宙の采配を感じずにはいられないですよね。

 

さらに、

「未来がどうなるかは全く分からなくて、

これでやっていけなくなった時は、

宇宙にとって必要ではなくなったのだな、と思う」

と話してくれて、続いて、

「やれることを全てやってダメだったら、

それはその結果を受け入れるしかなく、

だからこそ、今日も生きられてよかった、と言う気持ちで毎日を過ごしている」

と言う話を聴いて、

 

これからは、私たちが何を選択して生きていくのか、によって

宇宙がどう呼応するのか、どの方向に進むのか、

うさと服が繋いでいこうとしているものが、

地球の方向性、未来になるのではないかな~

とも思ったりするのでありました。

まさに相似象ですね。

 

楽観しているわけでもなく、

憂いているわけではなく、

そうかもしれないなー、と感じながら、

だとしたら、どうしたらいいかなー、と考えて、

 

私は、私の方向性で、やれることをやって、コツコツと淡々と

今を精一杯、生きるしかないなーと思い、

そして、宇宙が必要としてくれる間は、

うさとコーディネーターとして、思い切り楽しもう、と思いました♪

 

普段は見えない部分(潜象)のお話ですが、

これからは、見えない部分がとても大切な気がしています。

書くかどうかも迷いまいしたが、

読んでくださった方に何かしらが届けられたら、

それは意味があるかもしれない、と思い、

あまり更新しないブログ、書いちゃいました~

 

お読みいただき、ありがとうございました。